どんなにできなくても奇跡は必ずくるという話。

私は子どもの頃からすごくこだわりが強い女の子でした。

誰に強制されたわけではないけれど、

「ここは必ずこうじゃなきゃいけないの!だって私の直感がそう言ってるのだもの!」

って常に思っていて。

…失敗したことも、もちろんたくさんありました。

私のこだわりが色んな子や先生を振り回してしまったのを子どもながらに知っていたけれど、自分の直感に従わなきゃいけないって信じてたんですよね、なぜか。

そして折れてぶつかって傷ついて泣きわめいた今、自分を信じられなくなった私がいるのです。

過去の話満載になりますが、今日はそんな話をしてみたいと思います。

子どものころ、大嫌いだったけど大好きだった図工の時間

両親にも呆れられるくらい、「なにかを作ることが好き」だった私。

下手だったけれど、お絵描きから工作、縫い物まで作るものはとことんやりました。

そんなこともあって、私が小学校のとき1番大好きだったのは図工です。

テーマを与えられて、それに沿って作っていくことが本当に楽しかった。

うまくできたときはとことん喜んでいたし、それで賞みたいなものももらいました。

でも私には、最大にして避けることができなかった「他人の目」という存在がいたのです。

当時はそんなこと知らなかったけれど、私はHSPやエンパスという感受性の高い気質を持った人間です。

人の気持ちや動きが簡単に予測できるから、 それに自分の感情や行動が左右されてしまうのです。

病気ではないのですが、対処法も何も知らなかった当時の私にとって『他人』は脅威のかたまり。

常に常に友人やクラスメートからの視線に怯えていたことが沢山思い出に残っています。

特に図工の時間は、個々人の能力が圧倒的に見せつけられます。

ほら、元々絵が上手い子とか工作が上手い子っているじゃないですか。

私はそういうクリエイティブなことに才能があった方ではなかったので、自分のイメージするものが出来上がることの方が少なくて。

失敗するとき思いっきり失敗するんですよね。

そうなると修正しようという気にもならなくなってしまって、先生に怒られることも沢山ありました。

もちろんそんな作品には友人から痛い言葉を言われることもあって。

図工は、天国と地獄を分けるような時間だったのです。

思えば、奇跡は具体的に自分がイメージできるときに起きていた

私はイメージしたものをそのまま形にできたときのことを『奇跡』と呼んでいます。

中高生になっても、美術の時間は苦痛なときの方が多かったですが、年齢を重ねるうちに試行錯誤するということに気づき、奇跡がおこるタイミングをある程度予測できるようになりました。

 

そのタイミングとは、

「自分が完璧に最後までイメージできたもの。」

です。

 

細かいところまでイメージして、プラスな気持ちになれたとき、私の奇跡は起きました。

自分のできないことが分かってくる度に、どんどんできないことを避けてできることから考えることができるようになったんです。

また中高生にもなれば、他人の作品の出来栄えになにか口を挟むようなことはありません。

私が通っていたのは女子校ということもあり、そういった面では恵まれていたのかもしれませんね。

ただ一つ心づもりだったことは、

「自分にできないことがある。」

ことを認められなかったことです。

できないことを認めないのは、好きなことを諦めてしまうこと

私には絵の才能がありません。

私は数学が苦手です。

私は深い人間関係を構築することが難しいです。

 

これらは私が26年間生きてきて、私が苦手に思っていることです。

一つ一つを他人がみたら、ほほえましいものかもしれません。

人間はできないことがあって当たり前なのですが、なぜか私はそれがどうしても許せなくて。

心からなんでもできるスーパーマンでいたいって思ってました。

ただその裏には完璧じゃないとみんなに好かれないんじゃないかっていう不安もあったのも事実です。

それをずっと認められなかったのは私自身。

昔学校で、「苦手なことは克服しましょう。」っいう言葉を真に受けていたのも大きいと思います。

感受性の高さから、私は他の子とは違うっていう疎外感を子どもの頃からずっと持っていたのですが、それがあだになったみたいです。

「苦手なことを克服しないと、普通の子になれない。 」

そんな思いを抱えながら毎日集団生活を送っていた私は本当にすごいなと、大人になった今実感するのです。

 

できないことがあっても私。

できることがあっても私。

 

私は私以上になれないし、私は得意なことをもっと伸ばしていい。

そう思えた今、ようやく失敗も受け入れることができるようになってきました。

奇跡は必ず起こるから、どうか失敗に対して自分を傷つけないで

生きていると、たくさん失敗します。

私も失敗しなかったことの方が少ないです。

でも失敗が続いても、それがいつか奇跡を生むヒントになればそれは1つの『経験』に生まれ変わるのかな、と今になって思うのです。

私の経験の中でも、「失敗だけした」っていうことは少ないです。

もしかしたら、小さな奇跡を見逃してるだけなのかもしれない。

人にとって成功の定義は違うけれど、成功のハードルを低くすればするほど、人生はもっと気楽に、楽しくなるのかな、と私は思うのです。

 

断言します。

あなたにも奇跡は必ず起こる。

だからどうか、諦めないでほしい。

傷ついても、泣いても、次の日には笑って過ごせる時が必ずくるから。

 

そう思って、私は今日も奇跡を探しています。

 

それでは、また。

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